ご存知の方も多いとは思いますが、避妊手術というのは女の子の中性化手術、去勢手術というのは男の子の中性化のための手術のことをいいます。
「交配・出産」という明確な意思のない飼主様には必ず避妊・去勢のお話をさせていただいています。その際、「男の子(女の子)じゃなくなるからかわいそう」「麻酔が怖いから絶対にいや」「太るからしない」などなど様々な拒絶反応が帰ってくることがあります。
何れも分からないでもありませんし、個々の考えや飼い方などもできるだけ考慮に入れてフレキシブルに健康管理をさせていただこうと思っていますので、しつこく強制することはしません。ただ、中性化せずに中・高齢期を迎えた犬や猫の多くが、その手術さえしてあれば防ぐことができた生殖器系の疾患を患ってしまい苦しむ姿を診るとひどく心が痛みます。(もちろん既に手遅れのこともありますが…)
動物と暮らすという選択をした際の愛情と責任のあり方について再度考えていただき、そして避妊・去勢に関してより積極的に考えていただければと思います。
責任を持って動物と暮らすということはどういうことでしょう。食餌をあげ、糞尿を始末し、病気になったら治すというだけではありませんよね。動物が健康で快適に暮らせるように熟考し、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)が下がらないように努めて初めて責任をもって動物と暮らすと言えるのではないでしょうか。そのためには食餌管理、運動管理、グルーミングなどの日常管理を始め、定期的な健康診断の実施や感染症の予防などの予防医療を行ったり、それでも防げない疾病に関しては治療を実施するという風に、その動物の命・生活を全般に亘って考えてあげる必要があります。
そうしたことを考えていくと、避妊や去勢は非常に重要なファクターだということが分かります。何故でしょう? それは……
- 不幸な子犬・子猫を無くせる!
- 性ホルモンに関わる問題行動が予防できる!
- 性ホルモンに関わる疾病が予防できる!
- ストレスが除去できる!
など、多方向から命を、より簡単な言い方をすると快適な生活を守れることに大きく貢献できるためです。
以下にそれぞれについて考察していきましょう。
発情期に生殖活動ができない状態におけるストレスは通常皆さんが考えられる以上に大きいものです。発情している状態で、異性の動物が周囲にいる環境下で、かつ生殖行為が不可能な状態を強制されているのですよ。誰しも思春期を迎えた頃に「燃えるような情念、しかし、かなわぬ想い」というどうしようもない気持ちを一度は経験して来ると思いますが、それを思い出してみると想像し易いと思います。しかも、犬・猫は人間のようにいつでも発情できる動物と違って、一定の期間のみに集中して発情が訪れることもあり、また人間のように嫌らしい様々な欲望が交錯しない分、胸を焦がす思いはより真っ直ぐな強烈なものとして現れるのではないかと想像します(いや、実際に動物に聞いたわけではありませんが、見てるとそんな感じ)。それによるフラストレーションやストレスは体調を崩したり、情緒を不安定にしたり、攻撃的にさせたりするのに十分なものです。
うちの近所には避妊していない動物はいないとおっしゃる方もいらっしゃいますが、前述の問題行動のところでも書いた通り、フェロモンは想像以上に遠くまで拡散します。半径2キロ圏内の動物の情況をすべて把握できるわけはありません。言明しかねますが、この周辺でしたらほぼ間違いなくその圏内に未避妊の動物はいるでしょう。
こうした状態を動物に強いることは動物のQOLを下げることに他なりません。動物福祉に反することといえます。
「手術がかわいそう」なのがその傷が癒えるまでの一時だけのことであるのに対して、生殖能力のある子にストイックに生殖行為を禁ずることは生涯にわたって苦痛を与えているとも言えます。
また、避妊・去勢手術をすることでストレスをなくすことが精神的・情緒的な安定につながり、異性よりも飼主の方を大事に思ってくれる良きパートナーとなってくれることは想像に難くありません! まぁ、例外もあるでしょうが…
手術の方法は簡単にいうと、雄は両側の精巣を摘出し、雌の場合は卵巣・子宮を摘出します。どちらも極めて基本的な手術ですので手術時間もそれ程長くは掛かりません。ただし、当然ですが麻酔を掛けることは避けられません。
以前に麻酔科の専門医もおっしゃっていたのですが、「どんなに注意深く行っても、麻酔に100%はあり得ない」です。ただ、そのリスクが少しでも減らせるなら減らしてあげるべきだと考えます。つまり、十分に検査しても分からないもの(麻酔との相性など)は仕方がないにしても、少し検査の手間(獣医師側)と費用(飼主様側)を掛けることで術前に麻酔に対するリスクが明らかになり、その時点での手術の適・不適が判断できるならしてあげた方が良いでしょう。
実際に若くて身体検査上は健康と獣医師が判断する動物に麻酔前のリスクチェックを行うとその中の約1%で麻酔を掛ける処置を延期するような異常が見つかるといわれています。1%は少ないように思われるかもしれませんが、我々からすると驚くほど多いと感じる数字です。例えばワクチンを接種して副作用が起こる可能性は大体10000頭に1頭程度です。その約100倍の確率で麻酔を避けたほうが良いという結果が得られるのは非常に怖い話です。
よって当院では、5歳以下の若い健康な子でも術前の血液検査はしておいた方がよいと考え、おすすめするようにしています。色々な個々の事情もあるでしょうから、麻酔の危険性を理解していただき、そのリスクを背負っていただける飼主様には強制はしていません。ただし、危険な状態での麻酔を避けられたり、異常があれば早く対処できるという手術を受ける側のメリットにもなりますし、より安心して麻酔を執り行えるという手術をする側(つまり私たち)のメリットにもなります。最低限チェックしておきたい項目はおよそ6000円前後の追加料金で検査できますので、ご理解いただけるようでしたら、それだけでも実施させて下さい。
また、より広範囲の検査を健康診断として受けていただくこともできますので、その場合はご相談下さい。
- ※動物の種類や状態によっては若くて健康でも、胸部レントゲンなどをしていただくこともあります。
- ※5歳以上の子に関しては手術前検査は必須とさせていただいております。その場合、より広範囲のスクリーニング検査を行わせていただきますのでご了承下さい。
- ※避妊や去勢で術前検査を奨める病院もまだ多くはないと思いますが、以上のような理由から実施した方がより安心です。県外からインターネットで当サイトを見ているだけで、実際にはお近くの病院で手術をされるという方も、術前検査はお願いしてみた方がいいですよ。
退院は手術の翌日となります。約1週間、化膿止めとして抗生物質を投薬していただきます。犬の場合は、術創を舐め壊さないように頚にカラーを巻いたままの生活となります。カラーをしたままの生活は少し不便かもしれませんが、要は慣れです。そのまま食餌も採れますし、寝ることもできます。術創のテープが汚れない範囲で外も出られますのでお散歩も行ってあげて下さい。カラーは既に所有している子もいますので手術パックの料金には入っていないのでご了承下さい。また雌猫の場合は腹帯を着せて舐めないようにします。いずれも約1週間で抜糸を行えます。
当然といえば当然なのですが、抜糸が終わるまでが手術パックの内容になります。テープが剥がれてしまったり、汚れてしまったりしても気軽に交換にきていただけます。また気になることがあれば途中で何でも相談していただいて構いません。常識の範囲内でしたら(笑)すべて無償で(パック内のものとして)対応できますよ。
※雄猫の場合だけは例外的に(潜在精巣の子以外は)抜糸がありませんし、術後の化膿止めも必要ありません。
※あまりにも動きが激しかったり、カラーを気にしないで生活をしたため、カラーを大破してしまった際の交換(追加?)は有償となります。ちなみに当院の記録では1週間に3枚のカラーを大破した猛者がいます…
さて、ここまで散々避妊・去勢を奨めて来ましたが、避妊・去勢にもデメリットはあります。その対策も含めて説明します。
皆さんご存知かと思いますが、ひとつは「太りやすくなる」ことです。ホルモンの変化による食欲増加に加え、活動性が低下しますので、きちんと対策を立てないと顕著に体重が変化してしまうことも多いでしょう。ただホルモンの変化が食欲に影響するのは術後ひと月程度で、この時に欲しがるのに合わせてたくさんあげてしまうと胃が拡大してしまいます。結果、大食いは続き、どんどん肥えてしまいます。術後しばらくは必要以上のカロリーを供給しないようにしましょう。活動性の低下に伴う消費カロリーの低下を考慮して術前より少しだけ控えめにあげると良いでしょう(5分~1割ほど)。ほとんどの場合、ひと月ほどで落ち着いてきます。
二つ目は術後に起こる「尿失禁」です。つまりおもらし。高齢で避妊するとホルモンの変化で起こりやすくなるとも、膣の長さが変化することで起こりやすくなるとも言われています。若い子で滅多に起こることではありませんが、高齢で理由(子宮疾患など)があって避妊手術をしなければならなかったケースなどでは稀に起こるようです。この場合はホルモン剤をその症状に合わせて短期~長期に飲ませることで改善します。重度のケースでは生涯投与が必要になることもあります。早めの予防的な手術を心掛けましょう。
最後に「性格の変化」があげられます。去勢後の雄に猛々しさがなくなる場合が最も目立つでしょう。いずれも生活する上で困ることではありませんが、飼主としてみたら普段との違いが気になるかも知れませんね。しかし逆に考えると、性格や性質が穏やかになるということは伴に生活する上ではメリットとも言えます。喧嘩っ早い子はそれが減ります。異性を見ると追いかけて困ることもなくなります。最大のメリットは飼主に対してより従順になることでしょう。しつけなどもしやすくなります。